Tシャツの歴史・Tシャツが世の中に定着、そして進化してきたストーリー

Tシャツが誕生し、世の中に定着、進化してきた歴史について解説します。Tシャツの起源にはさまざまな説がありますが、第一次大戦の頃にヨーロッパの海軍兵が着用していた下着をアメリカ兵がまねて作った、という説が有力なのではないかと考えられています。その後、アメリカで進化を続けたTシャツは、現在ではファッションとして完全に定着し、世界中で着用されています。

Tシャツの歴史

Tシャツの起源にはさまざまな説がありますが、第一次大戦の頃にヨーロッパの海軍兵が着用していた下着をアメリカ兵がまねて作った、という説が有力なのではないかと考えられています。その後、アメリカで進化を続けたTシャツは、現在ではファッションとして完全に定着し、世界中で着用されています。この記事では、Tシャツが誕生し、進化してきた過程について解説すると共に、一時代を築いた「Tシャツのジャンル」についてもご紹介します。私たちが現在着ているTシャツにはこんなストーリーがある。もしかしたらあなたのTシャツにも、そのストーリーのかけらが残っているかもしれません。

Tシャツの起源はアメリカ?

諸説あるTシャツの起源ですが、もっとも有力とされているのは、第一次大戦中、ヨーロッパの海軍兵に支給されていた下着です。当時、アメリカの海軍兵がウールでできた制服を身につけていて、特に夏の暑さは厳しいものがありました。そこでアメリカの海軍兵が目を付けたのがヨーロッパの海軍兵が身につけていた下着。暑いヨーロッパの夏を乗り越えるための策として導入されたのです。とはいえ、下着は下着。現在のようにアウターウェアとして着られることはありませんでした。

第二次大戦前後のTシャツ中見出し

1920~1940年代は、Tシャツの着方に大きな変化があった時代です。その頃の下着は薄く、伸びのない生地で作られていました。同じ頃、アメリカ海軍で採用されていた下着が、徐々にアウターとして進化し始めます。伸縮性のあるコットン、天竺編みのシャツは、汗も吸うことから労働者階級の人たちが好んで着用。下着、そしてアウターとして人気を集めたシャツですが、まだ現在のようなT型をしたものではありませんでした。このシャツがT型に変貌を遂げたことには、またもアメリカ海軍が関わっています。第二次大戦の頃、アメリカ海軍は戦地での利用に適したマルチに使える衣料品としてT型の丸首コットンシャツを兵士に支給。このシャツは防塵・防煙、帽子、そして最悪の場合は白旗としての使用が考慮されました。アメリカの海軍兵が身につけたこのシャツは、男らしさの象徴になりました。第二次大戦終結後は、このイメージを保ったまま、自由のシンボルとしてのイメージも持つようになったTシャツ。このシャツが、今、私たちが着用しているTシャツの原型です。

経済成長とTシャツ

Tシャツは第二次大戦後、「男らしい」イメージを持ちながらも、経済成長に乗るように進化していきます。Tシャツの男らしいイメージが注目されたことには1950年代のハリウッド映画が大きく影響しています。当時も労働者階級の人々に好まれていたTシャツは、「理由なき反抗」などに主演したジェームズ・ディーンの反逆的なイメージと重なり、当時の若者に圧倒的な人気を得ました。「無地のホワイトTシャツ」は、デニムとの組み合わせによりジェームズ・ディーンの代名詞、そして現在も「男らしさ」の象徴として多くの男性に支持されているベーシックなファッションスタイルです。

Tシャツはこうして多くの人々に受け入れられるようになりましたが、その後のTシャツの発展には政治、経済、芸術など、さまざまな要素が絡んできます。

1960年代、Tシャツは、これまでの男らしいイメージとは異なる、新たな役割を持ち始めます。その一つが「選挙」です。選挙運動では、現在でも候補者の名前や公約、キャッチフレーズなどがプリントされたTシャツを着て運動員が選挙活動している姿を見かけますが、これは、まさにこのときに始まったもの。

もう一つ、選挙活動に似ていると言えば似ていますが「宣伝」「広告」にもTシャツは使われました。製品等の広告費用がかさんだことでTシャツを、まさに「歩く広告塔」にする手法が生まれたのです。とりわけたばこや酒といった広告が限定される製品のコマーシャル活動において多く利用されました。現在でもパブやナイトクラブのスタッフがお酒のプリントが入ったTシャツを着ているのをよく見かけますが、これもこの頃に始まった手法です。

メッセージ性を持ったTシャツも生まれました。社会問題や環境問題などの啓発目的で、メッセージのプリントされたTシャツが作られました。

選挙やさまざまな製品の宣伝用に使用されたTシャツですが、このような使い方をされるようになった要因は他にもあります。プリント技術の発展です。この頃、シルクスクリーンプリントにより大量生産が可能になったのです。さまざまなプリント方法を選べる現在でも、シルクスクリーンプリントはリーズナブルに大量印刷が可能なので主力として活躍しています。

若者文化とTシャツ

ヒッピー文化、パンクムーブメント、ロック…1970年代から80年代にかけてのこうした若者を中心としたムーブメントにはTシャツが付きものでした。タイダイなどの染め物Tシャツは、下着だった時代とは異なり、Tシャツが完全にアウターになった瞬間だったのかもしれません。それ以降、Tシャツはストリートファッションとしての地位を確立しています。特にヒッピーやパンク、ロックなど音楽とTシャツの関係は深く、「自由」や「平和」という思想を映し出す鏡として活躍しました。女性がTシャツを着ることも普通となり、カジュアルファッションにTシャツは欠かせないものとなっています。この頃に生まれたロックTシャツの中には、ビンテージとして高額取引されているものもあります。また、現在販売されている新品ロックTシャツも、当時のデザインを復刻させたものが多数出回っています。

現在のプリントTシャツは、この時代には確立されていたと言えます。もちろん現在はプリント技術も発達しており、Tシャツボディのクオリティも向上しているのですが、現在のTシャツプリントのお手本になっているデザインは、70年代から80年代のTシャツ文化の成長プロセスで生み出されたものが多いのです。アメカジの定番カレッジTシャツ、ロックTシャツ、モーターサイクルTシャツ(ハーレーTシャツ)、タイダイTシャツ…挙げれば切りがありませんが、これはこの頃、Tシャツという一つの文化が成熟した証しだと考えられます。

現在、Tシャツはオフィスカジュアルとして職場においても受け入れられています。ジャケットとTシャツのコーデももはや珍しいものではありません。

日本ではクラスやサークルなどのグループでユニフォーム的なTシャツを作る文化が定着していますが、このようなTシャツでも「ウケ狙い」「パロディ」など、メッセージ性を持ったデザインが人気です。どちらかというと「内向き」なメッセージが使われることもこのようなユニフォーム的Tシャツの特徴ではありますが、Tシャツにより「一致団結」を目指すのはすばらしいことです。

始まりは下着だったTシャツは、進化の過程を経て、デジタル時代の今も個性の表現など、新たなメッセージを運ぶ媒体としても活躍しています。